小説 昼下がり 第二話 『梅雨の雫(しずく)』



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072-853-7930
代表者:木山 利男


 その後、透は東京の某大学へ進学し、啓
一は田舎町に残り、福岡の某大学へと互い
に路(みち)は別々になったが、筆忠実
(ふでまめ)な透は遠く離れていても良く
手紙をくれた。
 啓一は大阪に本社がある中堅食品会社に
先輩の伝(つて)で入社三年。現在は東京
の支店で営業マンとして勤務している。
 透は東京の大手建築会社の職を得て、今
は現場監督をしている。荒くれ者の居る職
場で結構、本領を発揮している。
 「近くまで来たから寄ったとたい。ダル
マ(Sオールド)とつまみを買ってきた。
飲もうか。こんな湿った日にゃ、飲んで憂
さ晴らしに尽きる」
透は風呂敷を開(はだ)け、持参したコッ
プでグィっと一息。
 「啓一、飲めよ。晩飯にゃまだ早い」
 うながされた啓一は、注がれたコップを
じっと眺め、やおら一息。
 「フ〜ゥ、五臓六腑(ごぞうろっぷ)に
染み渡る―」
 「相変わらず、古臭い言葉を使うなぁ、
お前はー」
 透は、啓一が飲み終えると、嬉しそうに
しゃべり始めた。
 「お前、覚えているか? 高校生のとき、

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門司の飯場(はんば)で、夏休みに土方
(どかた)のアルバイトをしただろう」
 「あぁ、覚えている。経営者は韓国の親
父だったな。春・夏、行く度、『にいちゃ
ん、にいちゃん、よくきた、よくきた、待
ってたばい』ーって。良い親父さんやった
な」
 啓一は降りしきる雨をじっと見詰め、当
時の情況を鮮明に思い出した。
 透は堰(せき)を切ったように、話し始
めた。
 「俺がある日、腹を下して大変な目にあ
ったのは知っているな。
 その日、お前は建築現場の片づけで、俺
は一日中、炎天下の下、穴掘りの仕事やっ
た。そんときは腹痛うても堪(こら)えち
ょったが、もう限界がきたばい。
 どうにもならんようになって気を失って
しもうた。それで一緒に穴掘っちょった飯
場の源さんに担がれ、病院へ直行たい。点
滴ちゅうもん初めて打ったばい。
 その日の日当、千円損した。当時ではい
いゼニばい。連れの太助なんか八百屋のア
ルバイトで一日働きづめで、三百五十円っ
てぼやいちょった。
 そうそう、そげん話、どうでもいいたい。
中学3年の頃の同級生、横道静江を知っち
ょうやろ。

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 その静江が、担ぎ込まれた病院の看護婦
しちょった。俺、もうびっくりたい!」
 啓一はいつものように黙って聞いていた
が、やおら立ち上がり、煙草(ロングピー
ス)に火をつけ、言葉を遮(さえぎ)った。
 「お前の話は長いー。それといつまで経
っても方言が直っていない。それでどうし
た? 静江は?」
 「おぅ、よう聞いてくれた。まず、方言
は普段は使わん。なんか、お前としゃべる
ときは出てしまう。なんでだろう?」
 うっすらと無精ひげを生やした透は、煙
草をくゆらせながら、バツの悪そうな表情
で顔をしかめた。
 そして言葉を続けた。
 煙草の煙が部屋中を席巻した。
 「その静江から二〜三日前、手紙が来て
俺に会いたい、とよ。今は病院を辞めて、
田舎に帰ったが周りに友達もなく、中学時
代の仲間のほとんどは、県外へ出て一人ぽ
っちで淋しいとさ。
 それで、わざわざ夜行(列車)に乗って
東京まで会いにくるんだってーヘィ。俺た
ち、結婚するかも知んねぇぞーヘィ」
 啓一は何て言えばいいのか、返す言葉が
浮かばなかった。しかし、何だか自分のこ
とのように喜びを感じた。

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